18章9二つの世界

The Two Worlds

あなたに怖れや攻撃、絶望、孤独があるなら、その土台にあるのは罪悪感です。

その間違った知覚、間違った信念体系でできている現実は、錯覚の世界です。
間違いを訂正し、関係性の中で人を許し、自分を許せるようになりなさいと、
奇跡のコースでは教えます。

この過程で求められるのは、自分が何かを知っているとは考えない、ということです。
つまり、自我の思考を止めて、聖霊に譲ることを求められます。

もちろん、聖霊を信頼し、実在の世界を信頼するのはたやすいことではありません。
なぜなら、自我が聖霊を信じないようにと仕向けるからです。

自分で問題を解決し、何かを達成するという興奮やスリルは、自我ならではのものです。
こんなエキサイティングな人生を手放すのかと自我は言います。
それでも、私たちは気づくことで、自我の罠を乗り越えるでしょう。

そして、自分の中にある罪悪感は、ただの暗い雲のようなものだったとわかります。
人生において、怖れや不安から何かをするということがなくなります。
もう自分を守ることもしなくていいとわかるのです。平安の訪れです。

許すことで、実在をみることができるようになるのですが、学ぶことで行けるのは
ここまでとされています。なぜなら、愛は学ぶことではなく、すでにあるからです。

そこからは、私たちは自身を知り、わかっているというステージから人生を歩き始めます。
生きているいまここの現実は、何も変わるわけではありませんが、
人生で起きてくることを、何も怖れることがないとわかっているところから、
自分の意図で、何を創造していくのかということへ、人生の目的はシフトしていきます。
何を喜びとして生きるのか、ということです。

これまでの人生の目的、ただひとつの意義は、目覚めることでした。
しかし、奇跡、意識の変容が起これば、人生の意味、目的も変わるのです。


Yet even forgiveness is not the end.
しかし、許しさえも究極の目標ではない。

It is the source of healing, but it is the messenger of love and not its Source.
それはたしかに癒しの源ではあるが、愛の使者であってその源ではない。
・・・
We need remember only that whoever attains the real world,
beyond which learning cannot go, will go beyond it, but in a different way.
覚えておくべきことは一つ、だれであれ実相の世界に達する者は、
学習できるのはそこ(神聖な許しの場)までとしても、
それを越えたところへは違う方法でいける、ということである。

Where learning ends there God begins,
for learning ends before him who is complete where he begins, and where there is no end.
学習が終わるところで神が始まるといえる、なぜなら、始めるところで完全であり、
終わるということはない神を前にして、学習することは終わりになるからだ。

Love is not learned.
愛は学ぶものではない。

Its meaning lies within itself.
その意義は愛そのもののなかにある。

And learning ends when you have recognized all it is not.
そして学習は、愛でないものをすべて見分けたときに終わる。
And when the memory of God has come to you in the holy place of forgiveness
you will remember nothing else, and memory will be as useless as learning,
for your only purpose will be creating.
そして聖なる許しの場で、あなたに神の記憶がよみがえると、
他のことは何一つ思い出さなくなるし、思い出は学習することと同じく
役に立たなくなるわけだが、それはあなたの唯一の目的は創造することになるからだ。

Yet this you cannot know until every perception has been cleansed and purified,
and finally removed forever.
だが、こうしたことがあなたに分るようになるとすれば、
それは知覚したことをことごとく洗い流し、清めたうえで、
最終的には永遠に取り除いたときであろう。

Forgiveness removes only the untrue, lifting the shadows
from the world and carrying it, safe and sure within its gentleness,
to the bright world of new and clean perception.
許しは真実でないものだけを取り除くのであり、この世界から影のようなものを取り上げ、
やさしく包んで安全かつ確実に、新しくきれいに知覚する輝かしい世界へと運んでいく。

There is your purpose now.
そこに今、あなたの目的がある。

So be it