10章5神を否認すること その2

The Denial of God

後半の部分もすばらしい言葉の連続で、すべてを掲載したいくらいです。引用が多くなりましたが入れておきます。

あなたは神を愛していたから神を否定したのであり、もしあなたが神を愛していると認めたら、神を拒めるはずがないと分かっていた。・・・あなたが何かを否定するとは、かつてそれを知っていたに違いないのだということを思い出してほしい。そして、もし否認することを受け入れるなら、それの取り消しも受け入れることができる。あなたの父はあなたを否定されてはいない。

あなたは病気ではないし、死ぬこともできない。しかし、自分自身を病気になったり死んだりするようなものと混同することは有り得る。

永遠なるもののみが愛される、愛が死ぬことはないのだから。

自分の父を承認することは、あなた自身をあるがままに承認するということ。

神 ONENESSを認めることは、自分自身をあるがままに認めるということ。いまここにいる自分を認め、受け入れれば ONENESS へ戻れるということです。抽象的なことを話しているように感じるかもしれませんが、そうではないのです。これは瞑想を通して体験できるのです。

あなたが神に捧げるものから、神の国は子に戻してもらえる。

この一文だけ読むと誤解されそうですが、つまり、この世に愛だけをみることができるようになれば、私たちは神の国に戻れる。なぜならば、それだけが実在であり、それだけが錯覚ではないからです。ですから、もし、この世界で愛だけを真実として外側にみて、喜びを感じていれば、すでに神の国にあるということです。

罪をみること、苦痛、苦しみ、憂鬱な気分、このような錯覚の全ては、どれもみな創造をあるがままに受け入れるのを拒否することから起きてくる。

神が創造なさらなかったものなど何も知覚しないほうがいい、さもないとあなたは神を否定していることになる。

永遠を思い出す気があるのなら、永遠なるものだけを見つめなければならない。

愛と喜びだけをこの世の中に見なさい、ということです。人の中にも愛をみることで自分の中の愛も強められるのです。

もしあなたが自分自身、束の間のことに心を奪われるにまかせるなら、時間のうちに生きている。

この世のうたかたの出来事、短い人生における目標や成功にだけ心を奪われないで、永遠に続くものは何かということを見極めなさいと言われています。

あなたが時を超越したものだけを本物として受け入れるなら、
永遠なるものを理解し始め、自分のものとするであろう。

So be it.