9章4聖霊の許しの計画 その2

The Holy Spirit's Plan of Forgiveness  その2

あなたには贖罪において果たすべき役割があるが、
その贖罪の計画はあなたを超えている(あなたにはわからない)。

人生を振り返って「あのとき経験は、このためだったのか」とはたと気づくことがあります。覚醒への道もそれと同じです。

目覚めるためには、私たちは個々に決意して始めなければなりません。しかし、この目覚めの計画の全体や進行は、私たちは伺い知ることはできないのです。この道を、自分で考えて進めると思うのは間違いです。

奇跡のコースを学び始めて思ったのは、自分は何も知らないで生きているということです。自我は、自分についても知らないし、人生が何であるかも知りません。答えのない質問を思いつき、私たちを迷わせるのが自我の仕事のようなものです。自我をガイドにしてはいけないという教えは繰り返し語られています。聖霊の導きに従い、自分が何であるかを思い出す、それが贖罪です。

聖霊を通しての許しは単に初めから間違いを越えて見ることにあり、
そうすることであなたのためにそんな間違いを真実でないままにしておく。

これは奇跡のコースの一貫した取り組み方です。実在でない間違いは、最初からなかったのだから、そこを問題として取り扱わないんですね。本当のこと、真実だけを強めることをする、これがコースのやり方です。

もうひとつ、自我は神秘的な教えに訴えてくるということも話しています。コースの教えは、現実をどう捉えるのかという思考の転換を扱っているのであって、神秘のベールに包まれたものではありません。現実をみて、こつこつと気づく体験を重ねるだけです。

キリストの再臨とは単に正気を取り戻すということにすぎない。

おとぎ話には楽しいのもあれば恐いのもあるが、だれもそれが本当だとは言わない。子供たちはそんな話を信じるかもしれないので、しばらくの間その物語は子供たちにとっては本当になる。けれども実在がわかり始めると、空想はなくなってしまう。その間中ずっと、実在がなくなっていたわけではない。

キリストの再臨とは実在を自覚することであり、実在が戻ることではない。


Behold, my child, reality is here.
It belongs to you and me and God,
and is perfectly satisfying to all of Us.
Only this awareness heals,
because it is the awareness of truth.

見るがよい、わが子よ、実在はここにある。
それはあなたと私と神に属し、
われわれみんなそれに申し分なく満足できる。
ただこれに気づくことが癒しをもたらす、
それこそ真理を自覚することであるから。

So be it.