7章4 真理の再認識である癒し
Healing as the Recognition of Truth
言葉は抽象的で難しく思えますが、そうではありません。
ただ、自分が完全であること(wholeness)を学ぶには、
瞑想が必要になってくると思います。
あなたは癒しによって完全であること(wholeness)を学び、
そして、完全性を学ぶことによって、神を思い出すことを学ぶ。
自我は常に分割し、分離しようとする。
聖霊はいつも統一し、癒そうとする。
癒しは違いがあると信じていることを取り消す方法となる、
それが子としても身分はひとつであると見る唯一の方法なのだから。
思い出さないでいると、自分が何なのか分からないのである。
癒しはあなたの中に自我が引き起こした危機感を、自分の兄弟のなかにその存在を認めないでおくことで、忘れる方法だといえる。
・・・あなたはただ自分の本来のすがたではないものを忘れるだけのこと。こうしたことが自分は何であるかということを思い出させてくれる。
自分の本来のすがたではないものを忘れる。それは、たとえば、人を裁くこと、批判、怒りがあると思うこと、悲しみ、苦しみ、そういうことはすべて実在ではありません。間違って自分が信じたことを忘れてしまいなさい。(これが癒しになるわけですが)そうすれば、本当のあなた、自分は何であるかということを思い出せると話しています。
日常で、気づいたときにひとつずつ、これは自分の見方、捉え方が間違っていると気づけば癒されていきます。
最初にまず、信じてください。あなたは誰からも愛されている存在だということを。それを前提にすべてを考えてみるのです。あなたを批判したり、批難する人はどこにもいません。そこから世の中を見ると、世界は違ったものに見えてきます。どんな些細な批難でも、それはあなたが誤って、それがあるとみているだけなのです。