6章愛の教え 序論

THE LESSONS OF LOVE

怒りは・・・究極的には自分の責任として受け入れなければならない。

序論は怒りについてから始まります。
怒りが攻撃へとつながるのは明白。

自分が攻撃される、
攻撃されたら反撃するのは正当なことである、
そうなった責任は自分にはない、

この不合理な3つのことを前提にすれば、
兄弟は愛するよりも攻撃するに値するという結論が出てくるのは当たり前である。
(だから、この世界には常に戦争があり、いさかいがあるのですよね)

この結論を取り消すためには、その前提をよく考えてみることが大切。

あなたが攻撃されることはない、
攻撃が正当化されることもないし、
自分が信じていることには責任がある。

キリストは、私たちが既にもっている思考体系(考え方の基準、土台)をよく吟味してみなさい。そして、ACIMが新たな思考体系を示しているので、どちらを選ぶのか自分で検討しなさい、と話しています。

あなたはある思考体系に忠実になる能力を間違ったところへ置いているかもしれないが、それはそれで何かを信頼してしているということであり、その信頼を他のものへ向けることはできる。

So be it