2章1分離の起源

The origins of Separation

ここでは、神は私たちをどのように創造し、そして私たちはどうやって、神の国、ONENESS を出てしまったと誤解し始めたのかということが話されています。

神は創造するにあたり、私たちを愛に満ち足りた存在で、完全に創造された。したがって私たちに空虚さはない。私たちは神に似て創造的である。

その私たちは、神に似せてつくられた創造する力を投影することで不適当な使い方をした。それが分離の始まり。

エデンの園、または分離以前は、心は何も必要としなかった。
アダムが『ヘビの虚言』に耳を傾けたとき、そこで聞いたことはすべて誤りだった。
あなたがそうすることを選ぶなら別だが、真実でないことを信じ続ける必要などないのである。

聖書には、アダムが深い眠りについた、とあるけれども、アダムが目覚めたことに言及するところはどこにもない。

恐れというのはすべて、結局のところ、自分は神の力さえ奪う能力をもっていると誤って認識することからくる、と集約できる。

もちろん、あなたはそんなことはできもしないし、なし得てもいない。

アダムはただ、ぐっすり眠っている間に、悪夢を経験できるというわけだ。

あなたがどのような嘘や偽りごとを信じようが、それは奇跡にとって問題ではなく、どれも同じように容易に癒すことができる。

奇跡に難しさの順序はないのである。

かなり引用してしまいましたが、ここはわかりやすいと思います。全部書き入れたいくらいです。イエス・キリストに間違いをたやすく癒すことができると言われると本当に心強い気がします。
そして、愛を欠いているどんな表現にも影響を受けることはない、と言われると、あぁ、本当の私は傷ついたりしないんだ。でも、自分では愛を欠いている表現をしないようにしなきゃ、と思うのです。